you って me ですか?(後編)
いささか日は経ちましたが、推しの初センター曲発売に際しての、いちオタクの心境を書き残しておくことにしました。後編。
前編はこちら。you って me ですか?(前編) - 骨と心と作文帳
椅子の冷たい夜だった(2月27日)
推しの初センター曲発売の前日。すっかり日の暮れた18時55分、私は毎日使う乗換駅のホームで19時ちょうどを待っていた。
明日の今頃は名古屋にいるはずだった。初めてフリラだけのために、新幹線で名古屋へ行く予定だった。
シングルやアルバムのリリースごとに行われるフリーライブ。
これまでに何度も行った。ただ、行けるところは限られていた。
平日の夕方に時間を確保するのは、困難とまではいえないけど、決して何の支障もないわけでもない。
少し早めに仕事を切り上げて、サッと行って、サッと帰る。東京や神奈川の、行けるところだけ。それが私にとってのフリラだった。
そのはずだった、今回も。だけど、リリイベの日程が発表されて、名古屋がフリラの一発目だとわかると、心が揺れた。
名古屋に行けば、新曲の初披露を見ることができる。
現場に行き始めた当初から、泊まりがけの遠征にはもともと躊躇がなかった。普通の旅行とたいして変わらないから。だけど、日帰りの新幹線往復となると、むしろ泊まりよりもハードルが高い。「少し早めに」仕事を終えるのでは間に合わないし。観光する時間もないし。
それでも結局名古屋行きを決心したのは、親しいオタクたちの影響が大きい。
彼女たちときたら、すぐ新幹線乗るし、夜行バス乗るし、急に海外遠征決めるし、器用に日帰りもこなすんだもの。私だって(たとえ日帰りで何の観光もない行程だとしても)平日の名古屋への往復くらい、やってやれないことはないんじゃないかと思えてきたのだ。
どこの現場へ行くにも一人行動でオタクとの交流を持たなかった頃には、考えられない変化だった。
休日出勤分の振替、そろそろ取得しないと上司に何か言われそうだからね、と心の中で何度も言い訳しながら、手帳に「振休・名古屋」と書いた。
潮目が変わったのは、二月中旬を過ぎた頃だった。特にライブ・コンサートの類について、私の体感と記憶によれば、という限定的な話であることは強調しておきたいが。
新型コロナウイルスを理由に、ライブをはじめとする「現場」がなくなりはじめたのだ。*1
推したちのライブやイベントも、相次いで延期や中止が決まった。発売当日の名古屋でのフリラも。
開催のほんの数日前に延期の旨がアナウンスされ、私はその日のうちに新幹線の予約を取り消した。折悪しくスマホを忘れて仕事に行ったので、発表を知ったのは夜、帰宅してからだった。
そうなる気はしていた。二月の最終週、時期は既に「感染を防ぐために、不特定多数の人が集まるイベントは控えたほうがいい」という考えが、特に都市部においては広く認識されている頃だった。
「さもありなん」と言っては冷たく聞こえるかもしれないけど、「そりゃそうだよね」というのが私の率直な感想だった。賢明な判断だと思った。憤ることも悲しむこともせず、ただ淡々と新幹線をキャンセルして、取得予定の振替休日を取り消した。残念に思う気持ちはあったけど、それよりも、賢明な判断をしたことへの安堵や称賛の方が大きかった。
大人のオタクはまあ自分で考えて動くけど、学生とか未成年とか若いオタクも多いのだし、大人として企業として、こういう時にいい加減な対応でやり過ごそうとするよりずっとありがたいし嬉しい。
— 【記帳】やお@ヤオコー (@80mn0v0) 2020年2月26日
たぶん私の性格上、もしもここで何らの判断もせずにイベントを打ち続けるような会社だったら、ちょっと心が離れてしまったと思う。
— 【記帳】やお@ヤオコー (@80mn0v0) 2020年2月26日
会社のこともグループのことも推している一人一人のことも、なるだけ自分の考えとのアンマッチを感じずに好きでいたいの。一方的に推す身分でずいぶん壮大なワガママだなと思うけど。変わらず好きでいさせてくれてありがとう。
— 【記帳】やお@ヤオコー (@80mn0v0) 2020年2月26日
そして、2月27日。
CDはフリラの時に買うのが最速入手になるから、通販の事前申し込みはいいや、ってスルーしていたけど、延期となると一体いつ買えるだろう。なるべく早く音源欲しいし、歌詞カードも見たいな。名古屋で1枚多く買って、遠方の友人に郵送するはずだったのになあ。CDをぷちぷちで包んで止めるのに、マスキングテープはやっぱり緑色のがいいかな、とか浮かれていたのがちょっと恥ずかしい。
そんなことを考えながら、地元の駅でMV公開を待つ。二月末の夜、駅のホームは少し寒い。
本当はきちんと落ち着いた環境でMVを見たかったけれど、駅近くのカフェに入るほどの時間の余裕はなくて、いつも乗り換えに使う駅のホームで、私は19時ちょうどを待っていた。
ほんの数分電車を待つくらいの時間なら平気だけど、ずっと座っているのは寒い。椅子の冷たさと硬さばかりが気になった。*2
you って me ですか?(2月28日)
YouTubeで公開されたMVの概要欄には、製作陣のクレジットに続けて、歌詞が全文掲載されていた。もともと掲載する予定だったのか、フリラ延期によって(発売当日に歌詞カードを入手できる人がいなくなったために)急遽掲載することにしたのか、どちらなのかは分からない。
歌詞の表記がわかってありがたいなと思いながら、MV公開当日は「見る・聴く・読む」を何周か繰り返した。
「咲き誇れ亜細亜」のフレーズに、いつかアジアツアーでこの曲をやる日を想像した。
「お互いの素顔が見える距離で」、これからどんどん会場の規模も大きくなっていくであろうグループが今このように歌うのは、正直少し不思議な感じがした。この歌詞が腹落ちしたのは、翌日の無観客ライブを見てからのことだ。
MV公開の翌々日に、無観客のお披露目ライブ配信が行われた。
通常のライブで生配信が行われることはこれまでも度々あったけど、無観客というのは初めてで、しかも状況が状況だから、どんなテンションでいればいいのかまるでわからないまま、ライブを見始めた。
ライブの醍醐味は「演者と客とが同じ時に同じ場所にいるからこそ成り立つ、そのとき一度限りの関係性」にある、というのが私の常々思っていることだったけど、無観客って、その点どうなんだろう。*3
果たして、ライブ後。
まず、前日までちょっと引っかかっていた歌詞の解釈が変わった。「お互いの素顔が見える距離で」を体現するライブであったように、私には見えたのだ。物理的に視界に入っていてもそうでなくても、素顔を見ることは、もしかしたら可能なのかもしれない。
演者と客の双方向性を成立させるのに、無観客であることは、障壁にはなっても致命傷にはならないのかもしれない。そう、初めて思った。
「お互いの素顔が見える距離」をこんな時でも果敢に体現しようとしてくれてるんだなあって感じた無観客ライブでした。とみたけさんの「ネット発でよかった~!」がもうabsolutely なんだわ。
— やお@ヤオコー (@80mn0v0) 2020年2月29日
それから、何度か聴くうちに、冒頭の「Evolution for you」の意味に気づいた。
―― you って me ですか?
気づいた瞬間の衝撃といったら。「「俺」が「お前」を連れていく」は見るなり(聴くなり)意味が取れたけど、こちらに気付くのは少し時間がかかってしまった。ド頭からとんでもないこと歌ってくれてんだ私の推しは。すごい人にすごいこと言われちゃったな。
そして、何回も聴いたり見たりするうちに、聞こえる音が増えて、分かる歌詞も増えていった。声や音の重なり、ダンスの形、そういうものが徐々にはっきり読み取れるようになる、その過程はいつだって楽しい。推しの待望のセンター曲ともなれば、それはいっそうのことだった。
まだ前夜(5月5日)
この記事を書き終えようとしている今は五月上旬、駅でYouTubeを見ていたあの時と比べて、ずいぶん日が延びた。桜もとっくに散った。18時過ぎなんかまだまだ明るいし、最近は夏日もちらほらあるし。これはもう初夏だ。
発売から丸二か月以上が経った烏合之衆は、MVの他にも各種映像が公開され、ネット配信の無観客ライブでも一度ならず披露されたが、生で見ることはまだ叶っていない。
おいおい、前夜がなげぇよ!
お披露目ライブ以降しばらく続いた無観客配信シリーズで、スパチャができたのはありがたかったが、とうとう無観客であってもライブができない状況になってしまった。
ことフォーゲルさんについては、ダンスパフォーマンスがきっかけで推すに至ったので、やはりこれだけ長期間ダンスを見る機会がないのは残念だ。*4
自分自身の面倒を見て、自分とごく近い距離にいる人間のことを気にかけ、それなりに仕事をして、そして、「推す」という形で心を寄せる人々の息災や安寧を今まで以上に強く願う。そんな日々が始まってしまって、もう二か月以上が経つ。
今年のツアーはどこに行けるかな、なんてお気楽に考えていたのが、もうとんでもなく昔のことのようだ。
諸々の現実的な心配事は一旦さておいて、この新曲についてだけ言うのならば、まあ本当に、「いつまでも前夜」ってかんじになってしまったなあ、という後ろ向きな感慨がある。
それでも私は、彼らが「夜が明ければ形勢逆転」と歌うのを信じたい。それだけの説得力が、彼らのパフォーマンスにはある。
昨年のパシフィコ横浜公演が期間限定で配信されたが、「白黒世界が明けて街の声をインタビュー」みたいなアレ(ソロコーナーの後のやつ)を見て、改めてこの思いを強くした、五月上旬の夜である。
*1:世の中全体的に、バレンタイン頃まではおおむね普通に(物理的接触の一部制限なんかはありつつも)現場は開催されていたと記憶している。手洗いうがいの励行はいつも以上に言われてはいたけど、それでもこの頃までは催事が取り止めになるほどではなかった。
G5ツアーの詳細(全員のソロ曲とか)が発表されたのも二月上旬だったし、予定どおりに開催されるつもりで動いていたもんね。2020/1/31~2/2 のタイでのJAPAN EXPO(なお、客船ダイヤモンドプリンセス号の横浜入港がちょうどこの時期である)も、今タイに、というか海外に渡航するのは怖いねなんて思っていた程度で、日本国内でことがここまで(ここまで!)悪化するとは、私は正直予想していなかった。
*2:まあその頃推しは「そわわ!そわわ!」っつってたんですけどね。かわいいね。いやあ、かわいいね。
*3:この辺りの話は以前記事にもした。https://honetokokoro.hatenablog.com/entry/2019/09/16/192724
*4:個人で手振り動画をあげてくれているので、そちらはありがたく見ている。